年賀状を読んでいて感じたことがある。 会社時代の上司からの年賀状だが、それぞれ会社は違っていたものの二人ともまだ仕事をしている。 A氏はシルバー人材センターに登録しており仕事が回ってきたときに請け負う 「襖貼り」 の仕事だ。 B氏はその後もスポーツ施設で何かをしているようだ。 「仕事が健康を与えてくれる。」 とあった。 みんなよくやるなあと本当に感心する (と言っては失礼か。)。
自分の場合は土曜、日曜も休みなく仕事に追われていたので、ようやくリタイア出来たというのが偽らざる実感だった。 従って新たな仕事を何が何でも探しあてて職につこうという悲願は最初からなかった。 新聞広告をチェックしても自分の納得出来る職種にしか応募しなかった。 その職種は在宅翻訳である。 会社での製品の分野が一般的では無かったためその専門分野の翻訳に馴れていても需要はないらしい。 現に翻訳会社に依頼せず、自分でこなしていたので逆に翻訳会社に注文を出す企業は無いようである。 リタイア後の自分の道を結果的に閉ざしていたことになるが、これは致し方ないことである。
60才定年退職をし、その後嘱託で5年7ヶ月働いたのでそれでよしとするしかないのか。 年金は当初計算したもくろみが大きく外れてきたが・・・。 年金貰い始めのときはボーナスを除いた場合の月給と殆ど同じでこれなら大丈夫と思っていたがとんでもないことになっているのだ。 節約生活を強いられている昨今ではある。 増税、医療制度改悪は弱者いじめの許せない政治である。 因みに現在68才8ヶ月を過ぎたところである。
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